漆のジャズ、Metamorphose シリーズ
漆で使われる蒔絵などの装飾技法は予め図案を決め、その図の通りに貝を切り、金粉を蒔き、頭の中にあるイメージを具現化させるものである。とりわけ鎌倉から江戸時代の漆工品はデザインに加え、それを破綻なく形にする技術が突出しており、見るものを圧倒してきた。
私は高校三年生の冬、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を読み、漆の道を志した。漆芸の基礎を学び、蒔絵や螺鈿を好み、それからしばらくは伝統工芸の概念が全てであった。
しかし、2020年新型コロナウィルスが流行し、世の中では予測もしていなかったことが起き始めた。それに対し、淡々と予定通りに進んでいく蒔絵作業をしている自分が、現実と随分乖離しているように感じ、違和感を覚えた。この違和感をきっかけにジャズのような即興演奏が漆にあっても良いのではないかと考えるようになった。そして、図案も何も決めない即興漆芸作品の研究を開始し、できたのがMetamorphose 技法である。
制作工程はただ漆黒の漆パネルと向き合い、漆を垂らし、金属粉と一緒に転がしていくものだ。言葉にすると単純だが筆などは一切使わず、漆の細かな粘度調整と瞬発力によって作る。その瞬間の感情をダイレクトに表現するため、制作中に気が変われば作品の方向性も変わる。完成した作品もその時の気分によって花のように見えたり、龍のように見えたり自由に鑑賞することができるため、この漆のジャズ作品をMetamorphose (変容)シリーズと名付けた。
2022年、Metamorphose を螺鈿の背景に使用した Lotus -Oasis-を制作し、この作品で伝統的な螺鈿技法とMetamorphose 技法を合体させた表現を初めて形にした。これからも伝統とジャズを掛け合わせた新たな化学反応を楽しみながら研究、制作していきたい。
Lotus -Oasis-